今成田市内です。
明日の朝に備えて、ブース(?)にこもっています。
いつも思うのですが、会津から空港までがいつも一番長いかと。
愛車のnaked がなんとか持ちこたえてここまで、無事に来れました。というのも、土曜は郡山でKMSでしたが、帰り道異音が発生し、ずっと擦れた音を出し続けていました。同乗したかたがたには、多大の心配をおかけしました。
日曜の午後に、点検したところ異常個所がわかったので、調整したので、大丈夫とは思いましたが、ここまで無事に来れてよかったです。
今回は成田の駐車場に置いていきます。
空港引渡し、空港迎えです。一昔前は、この方法だとかなり高くついたので、駐車場から送迎バスに乗って、空港に乗り込んだものですが、どういうわけかこちらのほうが今回は安くなりました。
夕食は、無料ギョーザ券を何とか使いたかったので、「幸楽苑」で最後のラーメン食べました。
たぶん、土浦かつくばあたり、あ、それと牛久はやはり成田に近いですね。うらやましい。
大仏の看板がありました。それから、聞いてはいましたが、ヨークベニマルがありましたね。
なんだか、会津と変わらない感じです。ただ隣に西友があったかな。
あすいよいよ出発です。何か忘れ物がありそうですが。
それから、画像が一枚もないですね。まだ準備が・・・
コメント早速ありがとうございます。
では
円安が続いていて気持ち的にはかなり制約をうけますが、なんとか手の届く範囲内で飛んでみます。コロナ禍期間に使用できなかったマイルの有効期限が迫ってきているので、消費のフライトでもあります。 聖書の新世界訳(改訂版)をオンラインで読めます。 https://www.jw.org/ja/
2015年5月18日月曜日
2015年5月14日木曜日
台北のホテルを予約しました
今日、迷った挙句に台北でのホテルを予約しました。
何を迷ったかと言うと、飛行機の便がお昼ごろに台北に着くのですが、ベトナム ハノイ行きの便が次の日の朝まあまあ早いので、ホテルをとるか空港でやり過ごすかという選択で。
もう若くないので、ロビーのイスで何時間も過ごすのは、結構辛い感じですし、かといってホテルに泊まっても、朝が早いと少しもったいない。ホテルに泊まるときはできるだけ十分ゆっくりしたい。
ということで、結論はドミトリー(?)。 ドミトリーに宿泊するのは、25年以上前の中国旅行以来です。
あの頃と今のバックパッカーの決定的な違いは、インターネットですね。
ホテルもこんなふうに、簡単に予約できてしまう。もちろんトラブルはいろいろ起きますが、それでも圧倒的に便利になりました。
でも旅の面白さから言うと、どうなんでしょう。
あるいは、旅の自由さから言うと、どうなんでしょう。
何を迷ったかと言うと、飛行機の便がお昼ごろに台北に着くのですが、ベトナム ハノイ行きの便が次の日の朝まあまあ早いので、ホテルをとるか空港でやり過ごすかという選択で。
もう若くないので、ロビーのイスで何時間も過ごすのは、結構辛い感じですし、かといってホテルに泊まっても、朝が早いと少しもったいない。ホテルに泊まるときはできるだけ十分ゆっくりしたい。
ということで、結論はドミトリー(?)。 ドミトリーに宿泊するのは、25年以上前の中国旅行以来です。
あの頃と今のバックパッカーの決定的な違いは、インターネットですね。
ホテルもこんなふうに、簡単に予約できてしまう。もちろんトラブルはいろいろ起きますが、それでも圧倒的に便利になりました。
でも旅の面白さから言うと、どうなんでしょう。
あるいは、旅の自由さから言うと、どうなんでしょう。
2015年5月13日水曜日
エアチケットを予約しました
南米が懐かしいです。
今回はアジアとういことで、まだ出発していませんが、このブログを再び復活させます。
でも,ブログの編集をよく理解していないので、とりあえずこのままスタートして、徐々に読みやすく変えていこうと思っています。
やっとチケットを予約しました。
チャイナエアラインで、行きは 成田→台北→ハノイ(ベトナム) 帰りは バンコク(タイ)→台北→成田 です。 これが予約時点で一番安くとれた経路でしたので、移動のことはあまり調べていませんが、また国境越えの旅になる見込みです。
今回は、当初から、行ったことのない国ということで、そして安いチケットが出ているということで、ベトナムが最有力候補でした。
ただせっかくそこまで行くので、隣国にも少し顔を出したい気になり、少し調べてみると、ベトナムはとても細長い国で、北にハノイ、南にホーチミン(サイゴン)があり、真ん中あたりにフエやダナンなど歴史的な町があります。
ハノイから入ってホーチミンから出てくる(あるいはその逆)のが効率よく行けそうで、途中途中で隣のラオス、カンボジアなど寄って、出たり入ったりするのが、良さそうで、果たして他の方の旅行記など見てもそういうパターンが多いみたいですが、今年に入って、そのような旅程にするとビザが必要になってしまいました。
一度国外に出ると、ビザなしで入るには30日以上経過していないといけないことになってしまったようです。つまり例を挙げると、ホーチミンに入って、数日後に隣のカンボジアのアンコールワットを見に行くと、戻ってくるときにビザが必要になるという感じです。
それで,ビザなしで旅行しようとすると、まずベトナム国内を見るだけ見て、出るときはそれが最後として出国して別の国から帰国するのが、いい感じなのです。
と言うわけでバンコクです。
カンボジアのプノンペンかシュリムアップからの帰国でも良かったのですが、そのようなオープンジョーの安い切符はもうなかったので、バンコクにしました。タイに寄るのは何十年ぶりだろう。
話をもどしますが、このようなビザの変更は、タイなどのアジア諸国にも波及しているような動きのようで、そうなるビザなしだけでなく、ビザ切り替え時にも適用されてしまうと、ビザが切れる前に、ちょっとだけ隣国に出国してまた戻るという手法がとれなくなるわけで、困る(?)方々もでてくるのではないでしょうか。いろいろと。
わたしのような単なる旅行者はそんなには不都合を感じませんが。
書くのを忘れてましたが、出発は19(火)です。現在旅のアイテムを精査考慮中です。
とにかく、上記のチケットを予約しました。今回は完全にオンラインで決済までいきました。
今回はアジアとういことで、まだ出発していませんが、このブログを再び復活させます。
でも,ブログの編集をよく理解していないので、とりあえずこのままスタートして、徐々に読みやすく変えていこうと思っています。
やっとチケットを予約しました。
チャイナエアラインで、行きは 成田→台北→ハノイ(ベトナム) 帰りは バンコク(タイ)→台北→成田 です。 これが予約時点で一番安くとれた経路でしたので、移動のことはあまり調べていませんが、また国境越えの旅になる見込みです。
今回は、当初から、行ったことのない国ということで、そして安いチケットが出ているということで、ベトナムが最有力候補でした。
ただせっかくそこまで行くので、隣国にも少し顔を出したい気になり、少し調べてみると、ベトナムはとても細長い国で、北にハノイ、南にホーチミン(サイゴン)があり、真ん中あたりにフエやダナンなど歴史的な町があります。
ハノイから入ってホーチミンから出てくる(あるいはその逆)のが効率よく行けそうで、途中途中で隣のラオス、カンボジアなど寄って、出たり入ったりするのが、良さそうで、果たして他の方の旅行記など見てもそういうパターンが多いみたいですが、今年に入って、そのような旅程にするとビザが必要になってしまいました。
一度国外に出ると、ビザなしで入るには30日以上経過していないといけないことになってしまったようです。つまり例を挙げると、ホーチミンに入って、数日後に隣のカンボジアのアンコールワットを見に行くと、戻ってくるときにビザが必要になるという感じです。
それで,ビザなしで旅行しようとすると、まずベトナム国内を見るだけ見て、出るときはそれが最後として出国して別の国から帰国するのが、いい感じなのです。
と言うわけでバンコクです。
カンボジアのプノンペンかシュリムアップからの帰国でも良かったのですが、そのようなオープンジョーの安い切符はもうなかったので、バンコクにしました。タイに寄るのは何十年ぶりだろう。
話をもどしますが、このようなビザの変更は、タイなどのアジア諸国にも波及しているような動きのようで、そうなるビザなしだけでなく、ビザ切り替え時にも適用されてしまうと、ビザが切れる前に、ちょっとだけ隣国に出国してまた戻るという手法がとれなくなるわけで、困る(?)方々もでてくるのではないでしょうか。いろいろと。
わたしのような単なる旅行者はそんなには不都合を感じませんが。
書くのを忘れてましたが、出発は19(火)です。現在旅のアイテムを精査考慮中です。
とにかく、上記のチケットを予約しました。今回は完全にオンラインで決済までいきました。
2013年8月12日月曜日
リマの日本語会衆
リマには日本語会衆一つと,郊外に日本語の群れがひとつあります。
その日本語会衆に交わってきました。
50名ぐらいの出席者で,半分ぐらいが日本人で,残りがペルーの日系人のようでした。
また日本語学校に通っている兄弟もいました。
兄弟たちが結構いて,年配の兄弟姉妹たちも交わっていました。
普通に日本と変わらない集会でした。ペルー人の姉妹たちの注解の声が小さいのが
印象的でした。
わたしの前に座ったていたのは,明らかに沖縄の苗字の姉妹たちだったので,
集会後に聞いてみると,おじいさんが沖縄から移住してきたとのこと,
日本語は難しいいと言ってました。西-日の辞書片手に集会に参加していました。
斜め前の姉妹のものみの塔には,漢字にふりがながふられていました。
注解も参照聖句からのものも多く,長い注解もなく,純日本という感じでした。
司会者もあまり話さず,日本的(?)でした。
王国の歌もかなり普通でした。(笑)
午前中の集会でしたが,そのまま野外奉仕にみんな行くようでした。
かなりの兄弟たちが,奉仕に参加するようでした。
マタイによる書がないとのことで,余った分をプレゼントしてきました。
わたしの方は,ホテルに戻って,荷造りをして,空港に向かい,
現在,空港内のラウンジで書いてます。
あと1時間もすれば,南米ともお別れです。
その日本語会衆に交わってきました。
50名ぐらいの出席者で,半分ぐらいが日本人で,残りがペルーの日系人のようでした。
また日本語学校に通っている兄弟もいました。
兄弟たちが結構いて,年配の兄弟姉妹たちも交わっていました。
普通に日本と変わらない集会でした。ペルー人の姉妹たちの注解の声が小さいのが
印象的でした。
わたしの前に座ったていたのは,明らかに沖縄の苗字の姉妹たちだったので,
集会後に聞いてみると,おじいさんが沖縄から移住してきたとのこと,
日本語は難しいいと言ってました。西-日の辞書片手に集会に参加していました。
斜め前の姉妹のものみの塔には,漢字にふりがながふられていました。
注解も参照聖句からのものも多く,長い注解もなく,純日本という感じでした。
司会者もあまり話さず,日本的(?)でした。
王国の歌もかなり普通でした。(笑)
午前中の集会でしたが,そのまま野外奉仕にみんな行くようでした。
かなりの兄弟たちが,奉仕に参加するようでした。
マタイによる書がないとのことで,余った分をプレゼントしてきました。
わたしの方は,ホテルに戻って,荷造りをして,空港に向かい,
現在,空港内のラウンジで書いてます。
あと1時間もすれば,南米ともお別れです。
2013年8月11日日曜日
ペルーのベテルを見学
JW.orgで調べるとペルー支部が,そんなに遠くないことがわかったので,行って来ました。
公共の機関が,そちらの方向にはコレクティーボ(ミニバス)しかないのですが,これが
複雑で,目の前を何台も通りすぎるのですが,どこに行くかがよくわかりりません。
ホテルの人に聞いても,タクシーの方が良いとのことで,タクシーを呼んでもらう。
距離があるので,高いとは予想しましたが,25ソレスといわれたので,何とかバスで
行くことにしようと,もう一度ホテルの人に相談していると,先ほどのタクシーの運転手が
15ソレスまで,下げてくれたので,午前の枠に間に合うためには,時間もないので,
乗ることにしました。
ベテルの場所を伝えるが,おそらくわかっていない。
地図を見せてくれと,言われるが,おおまかな観光地図しかないので,見ても
わからないようです。
それはそうですよね。東京のようなところが,聖書サイズぐらいに書かれているものなので,
ほとんど方向ぐらいしかわからない。
方向といえば,先ほどのホテルのレセプションの人に,最初地図の向きだけでも,頭に
入れておこうと思い,北はどちらか教えてもらいました。
そうすると南はこちらで,こっちが東で,こっちが西ですね。と確認のために念をおすと,
太陽はどちらから昇るのかと聞いてきた。
最初自分が聞き間違えたのかと思い,戸惑っていたのですが,まじめに聞いているようなので、
東から昇って西に沈むと答えると,そうか東から西なのかと感心しているみたい。
一瞬,ここは南半球だから逆?‥‥なんて考えてしまいましたが,そんなわけないですよね。
でも,こちらでは南風と聞くと寒いのを想像して,北風は暖かいことなので。
リマも戻ってきてからは一日中曇り空で,太陽が顔を出さない。曇っているのか,スモッグ
なのか,わからない。それに周りはビルなので,太陽の通るコースがわからない,てことは
ないですよね。
なかなかベテルにたどりつかない。ここでしょうと連れて来られたところには石造りの巨大な
十字架がある建物。
だからテステゴスデヘホバだと言っているでしょ。普通の建物なのですが。
途中の人たちにベテルはどこか知らないかと,聞いて回ってくれてますが,「ベテル」として
知られているかどうかは,すみませんが知りません。
とうとう近くにいたパトカーに聞いたところ,パトカーがかなり近くまで先導してくれました。
グラシアス!
そしてやっとその先に,ありました支部の建物の門が。やはりペルーなので
しっかりした塀と門です。中が外からはよく見えません。
良かったと言って,20ソレス札を渡すしてお釣りを待っていると,知らないふりをしているみたい。
15ですよね、と言うと,どうやらあっちこっち行ったんだから20にしてくれみたいなことを,
言っているみたい。
それはそうですが,それはそちらの問題だからね。15ですよねともう一度強く言うと。
わかったとお釣りをよこすが,3ソルしかない。2ソルはチップでみたいな感じ。
ダメですよ。SiはSiですからと言って,それを戻して5ソル硬貨をもらいました。
パンフレットを読んでくださいねと渡してチャオ。
門番の姉妹に門を開けていただき,建物の玄関を開けて中に入り,
ロビーの受付の姉妹に11時の午前最後の見学ツアーに申込む。
英語のほうがいいですかと聞かれたので,可能であればその方がいいですと
言うと,少し待った後に,セサル兄弟(シーザーですよね。)が来てくれました。
兄弟はアルゼンチン人で,手話部門で働いてるとのこと,英語はあまり話せないのですが,
と言いながら,わかりやすい英語で案内してくれました。
160名ぐらいが奉仕しているとのことでしたが,結構大きな敷地で建物も大きかったです。
そして,どこの支部もそうですが,とてもきれいに維持されていて気持ちがいいです。
働いてる兄弟姉妹たちも笑顔で迎えてくれて,うれしかったです。
見学の途中で,このベテルに長年いる年配の日本人の姉妹にお会いしました。
ご夫婦とも,沖縄出身の両親を持つ日系2世だそうで,「こんにちは」とあいさつしてくれました。
でもすぐその後「日本語はほとんど話せません」とおっしゃってました。
(あっ,名前聞くの忘れました)
ベテルの詳しい内容は,年鑑をご覧ください。
1時間があっという間で,午前の奉仕終了のチャイムがなってしまいました。
あれ? チャイム鳴らさなくしたんじゃなかったでしたっけ? まあいいか。
兄弟とばがり話していて,写真をとるのを忘れました。
帰りは,時間的に少し余裕があったので,少し歩いて大通りまで歩いて,コレクティーボを
つかまえて,なんとか無事ホテルの近くまで戻ってこれました。
なんと料金1ソルでした。少し歩いたとはいえタクシー代の15分の1とは。
歩いている時に,アメリカ大使館の前を通ったので,写真を撮ろうとしたところ,警備の人に
怒られ、止められました。やっぱりダメだったか。それにしてもなんでこんなに大きいのと
思うぐらいの建物でした。東京のはそんなに大きくなかったような気が。
公共の機関が,そちらの方向にはコレクティーボ(ミニバス)しかないのですが,これが
複雑で,目の前を何台も通りすぎるのですが,どこに行くかがよくわかりりません。
ホテルの人に聞いても,タクシーの方が良いとのことで,タクシーを呼んでもらう。
距離があるので,高いとは予想しましたが,25ソレスといわれたので,何とかバスで
行くことにしようと,もう一度ホテルの人に相談していると,先ほどのタクシーの運転手が
15ソレスまで,下げてくれたので,午前の枠に間に合うためには,時間もないので,
乗ることにしました。
ベテルの場所を伝えるが,おそらくわかっていない。
地図を見せてくれと,言われるが,おおまかな観光地図しかないので,見ても
わからないようです。
それはそうですよね。東京のようなところが,聖書サイズぐらいに書かれているものなので,
ほとんど方向ぐらいしかわからない。
方向といえば,先ほどのホテルのレセプションの人に,最初地図の向きだけでも,頭に
入れておこうと思い,北はどちらか教えてもらいました。
そうすると南はこちらで,こっちが東で,こっちが西ですね。と確認のために念をおすと,
太陽はどちらから昇るのかと聞いてきた。
最初自分が聞き間違えたのかと思い,戸惑っていたのですが,まじめに聞いているようなので、
東から昇って西に沈むと答えると,そうか東から西なのかと感心しているみたい。
一瞬,ここは南半球だから逆?‥‥なんて考えてしまいましたが,そんなわけないですよね。
でも,こちらでは南風と聞くと寒いのを想像して,北風は暖かいことなので。
リマも戻ってきてからは一日中曇り空で,太陽が顔を出さない。曇っているのか,スモッグ
なのか,わからない。それに周りはビルなので,太陽の通るコースがわからない,てことは
ないですよね。
なかなかベテルにたどりつかない。ここでしょうと連れて来られたところには石造りの巨大な
十字架がある建物。
だからテステゴスデヘホバだと言っているでしょ。普通の建物なのですが。
途中の人たちにベテルはどこか知らないかと,聞いて回ってくれてますが,「ベテル」として
知られているかどうかは,すみませんが知りません。
とうとう近くにいたパトカーに聞いたところ,パトカーがかなり近くまで先導してくれました。
グラシアス!
そしてやっとその先に,ありました支部の建物の門が。やはりペルーなので
しっかりした塀と門です。中が外からはよく見えません。
良かったと言って,20ソレス札を渡すしてお釣りを待っていると,知らないふりをしているみたい。
15ですよね、と言うと,どうやらあっちこっち行ったんだから20にしてくれみたいなことを,
言っているみたい。
それはそうですが,それはそちらの問題だからね。15ですよねともう一度強く言うと。
わかったとお釣りをよこすが,3ソルしかない。2ソルはチップでみたいな感じ。
ダメですよ。SiはSiですからと言って,それを戻して5ソル硬貨をもらいました。
パンフレットを読んでくださいねと渡してチャオ。
門番の姉妹に門を開けていただき,建物の玄関を開けて中に入り,
ロビーの受付の姉妹に11時の午前最後の見学ツアーに申込む。
英語のほうがいいですかと聞かれたので,可能であればその方がいいですと
言うと,少し待った後に,セサル兄弟(シーザーですよね。)が来てくれました。
兄弟はアルゼンチン人で,手話部門で働いてるとのこと,英語はあまり話せないのですが,
と言いながら,わかりやすい英語で案内してくれました。
160名ぐらいが奉仕しているとのことでしたが,結構大きな敷地で建物も大きかったです。
そして,どこの支部もそうですが,とてもきれいに維持されていて気持ちがいいです。
働いてる兄弟姉妹たちも笑顔で迎えてくれて,うれしかったです。
見学の途中で,このベテルに長年いる年配の日本人の姉妹にお会いしました。
ご夫婦とも,沖縄出身の両親を持つ日系2世だそうで,「こんにちは」とあいさつしてくれました。
でもすぐその後「日本語はほとんど話せません」とおっしゃってました。
(あっ,名前聞くの忘れました)
ベテルの詳しい内容は,年鑑をご覧ください。
1時間があっという間で,午前の奉仕終了のチャイムがなってしまいました。
あれ? チャイム鳴らさなくしたんじゃなかったでしたっけ? まあいいか。
兄弟とばがり話していて,写真をとるのを忘れました。
帰りは,時間的に少し余裕があったので,少し歩いて大通りまで歩いて,コレクティーボを
つかまえて,なんとか無事ホテルの近くまで戻ってこれました。
なんと料金1ソルでした。少し歩いたとはいえタクシー代の15分の1とは。
| バスの中から。フロントガラスになぜか。前のバスのガラスにも。 |
歩いている時に,アメリカ大使館の前を通ったので,写真を撮ろうとしたところ,警備の人に
怒られ、止められました。やっぱりダメだったか。それにしてもなんでこんなに大きいのと
思うぐらいの建物でした。東京のはそんなに大きくなかったような気が。
2013年8月10日土曜日
ペルー リマに戻って来ました
久しぶりの更新になってしまいました。
心配をかけました。 元気です。
それぞれ大会など霊的活動に忙しかったと思いますので
誰も気にしていなかったかもしれませんが。
8/4の12時ちょうど出発のブエノスアイレスーリマのバスに乗ってました。
ダイレクト便です。75時間,ほとんどノンストップです。
実際は78時間ぐらいかかりました。3日と6時間です。
このバス移動については,詳しくは,また(間に合えば)別に書きたいと思います。
そんな訳で,インターネットに接続できずに箱の中で過ごしていました。
さすがに長かったですね。
そのバスに乗る日の朝に,ウルグアイのモンテビデオからの夜行バスが
ブエノスアイレスに到着したので,その8時間を加えると86時間連続で
バスに乗っていたことになります。(そんなにバスが好きだったのかって)
そんなこんなで,現在はリマにいます。ふりだしにに戻って来ました。
ここからエクアドルに少し足をのばしたかったのですが,そうするとまた
バスの往復だけで終わってしまいそうなので,あきらめました。
ベッドでゆっくり寝たかったので,着いたバスターミナルの近くで
ホテルを探したのですが,当初の予定では,日が明るいうちに着くはずが
すっかり日が暮れた時間になっていて,しかも周りが日本の夜のように
明るくなく,看板も大きく目立つものはなく,少し時間がかかってしまいました。
重いバックを背負って歩くのが,いやだったので,バス会社の待合室に,そっと(?)
置いて,外を歩いていて,やっとホテルを決めて荷物を取りに,戻ってみると,
バックパックはあったのですが,その前に険しい顔をしたガードマンのおじさんが
立ってました。
「これはおまえの荷物なのか。どこへ行ってたんだ。絶対目を離してはダメだ。
わかったか。」
のような意味のことを言って(おそらく),怒られました。
すみません,すみません。とあやまりました。
まわりのペルー人のセニョリータたちがそれを見て,クスクス笑っていました。
でも荷物が無事で良かった。そういえばこの同じ待合室で1ヶ月半ぐらい前に,アレキパ行きの
バスを待っている時に,同じことして,同じように怒られたことを思い出しました。
それも妙に懐かしい。
ホテルに入って,久しぶりにシャワーを浴びて,久しぶりに水平に寝ました。
顔はウェットティッシュで,こまめに拭いていたのですが,洗っていたら
垢がボロボロでてびっくりしました~。子供の時のことを思い出しました。
そのホテルでは部屋からネットに接続できなかったので,次の日に,明るい中で
もう一度ホテル探しをして,今別のこのホテルにいます。
リマにいるのもあと2日ほどになってしまいました。
心配をかけました。 元気です。
それぞれ大会など霊的活動に忙しかったと思いますので
誰も気にしていなかったかもしれませんが。
8/4の12時ちょうど出発のブエノスアイレスーリマのバスに乗ってました。
ダイレクト便です。75時間,ほとんどノンストップです。
実際は78時間ぐらいかかりました。3日と6時間です。
このバス移動については,詳しくは,また(間に合えば)別に書きたいと思います。
そんな訳で,インターネットに接続できずに箱の中で過ごしていました。
さすがに長かったですね。
そのバスに乗る日の朝に,ウルグアイのモンテビデオからの夜行バスが
ブエノスアイレスに到着したので,その8時間を加えると86時間連続で
バスに乗っていたことになります。(そんなにバスが好きだったのかって)
そんなこんなで,現在はリマにいます。ふりだしにに戻って来ました。
ここからエクアドルに少し足をのばしたかったのですが,そうするとまた
バスの往復だけで終わってしまいそうなので,あきらめました。
ベッドでゆっくり寝たかったので,着いたバスターミナルの近くで
ホテルを探したのですが,当初の予定では,日が明るいうちに着くはずが
すっかり日が暮れた時間になっていて,しかも周りが日本の夜のように
明るくなく,看板も大きく目立つものはなく,少し時間がかかってしまいました。
重いバックを背負って歩くのが,いやだったので,バス会社の待合室に,そっと(?)
置いて,外を歩いていて,やっとホテルを決めて荷物を取りに,戻ってみると,
バックパックはあったのですが,その前に険しい顔をしたガードマンのおじさんが
立ってました。
「これはおまえの荷物なのか。どこへ行ってたんだ。絶対目を離してはダメだ。
わかったか。」
のような意味のことを言って(おそらく),怒られました。
すみません,すみません。とあやまりました。
まわりのペルー人のセニョリータたちがそれを見て,クスクス笑っていました。
でも荷物が無事で良かった。そういえばこの同じ待合室で1ヶ月半ぐらい前に,アレキパ行きの
バスを待っている時に,同じことして,同じように怒られたことを思い出しました。
それも妙に懐かしい。
ホテルに入って,久しぶりにシャワーを浴びて,久しぶりに水平に寝ました。
顔はウェットティッシュで,こまめに拭いていたのですが,洗っていたら
垢がボロボロでてびっくりしました~。子供の時のことを思い出しました。
そのホテルでは部屋からネットに接続できなかったので,次の日に,明るい中で
もう一度ホテル探しをして,今別のこのホテルにいます。
リマにいるのもあと2日ほどになってしまいました。
2013年8月3日土曜日
両替,換金について
国が変われば通貨が変わる。
当たり前なのですが,これが意外と時間と気力を奪ったりします。
考えだすとキリがない。かといって全く気にしないで,というわけにもいかない。
自分としては
数年前から,現地のATMで,クレジットカードで,少額を現地通貨でキャッシングする。
そして,クレジットカードが使える,ホテル,お店はすべてカード支払いする。
これが最善と考えています。
アメリカなどの先進国だと,カードが使えないのは市バスとチップぐらいで,
コンビニからファーストフードから,大会の寄付まであらゆるものがカードで払えます。
でも南米だとそうもいきません。キャッシュ(現金)が必要です。
またペルーやボリビアですとクレジットカードは使えるけど,使うと何%かの手数料が
かかるので,キャッシュのほうが得という,秋葉原(?)みたいなホテルも多いです。
それでATMでキャッシングするのですが,これは通常のカード支払いではなく,
「はじめてのアコム」のようにお金を借りることになるので,次の月ごとの決済日までの
あいだの利子が,かかります。
またクレジットカード独自の為替レートが適用されます。またクレジットカード会社が
手数料を取る場合もあります。
それでも他の方法,例えば旅行前に会津の銀行で,あるいは空港内で現金で両替する
場合よりはずっと率がいいです。それにおそらく南米の通貨はないのではないでしょうか。
そうなると,ドルかユーロに両替して,それをまた現地でその国の通貨に換金すると二重の
手数料がかかることになり,かなり損です。
ただ国によっては,パラグアイのようにATMを設置している銀行側が手数料をとる
場合もあります。(一回につき約600円)金額に関係なく,回数なので,そうなると
一回に多額をおろしたほうが得なのですが,そうかといって多額を持ち歩くのはリスクが
高くなりますし,使い切らない可能性もでてくるし,で結構悩みます。
短期間で次々に国を移動すると,引越し貧乏ならず為替貧乏になっていきます。
今回パラグアイのエンカルナシオンで,約1万円相当のグアラニーをATMでキャッシング。
もちろん先ほどの600円の手数料がかかりました。かなり残ったのでブエノスアイレスに
移動前に,バスターミナルの両替商でアルゼンチン・ペソに換金。
ブエノスアイレスでは,ホテルもウルグアイ行きのバスチケットもカード支払いしてるので,
キャッシュが残り,モンテビデオ到着後に銀行で,ウルグアイペソに換金。
この国はいわゆる個人両替商が存在しないので,銀行で両替することになるのですが,
何軒か店頭に出ているレートを見ていると,かなり違います。アルゼンチン・ペソから
ウルグアイ・ペソだけを見ていると,1.75~2.15も銀行によって幅があります。
100アルゼンチン・ペソが,ある銀行では175ペソになり,他の銀行だと215ペソになるわけで
40ペソも違うわけで,こんなに違いがあると,歩きまわることになり,それはそれで時間が
かかることになりました。もちろん2.15の銀行で両替したことは言うまでもありません。
それでも,明日になって,レートがもっと良くなっているのを見て,あるいは
もっと別の銀行に遭遇して,ああ失敗したな,なんて思うのかもしれませんが。
(これはヨークよりベスタの方が安かったのかと,思うのと同じように)
それで今回は,先見の明がなく,パラグアイで引き出したお金がかなり余ってしまい
その後の国のATMでの、現地通貨引き出しをすることなく,
円→グアラニー→アルゼンチンペソ→ウルグアイペソと両替を何度も繰り返しているので,
正確には計算していませんが,最初の金額の半額ぐらいになっているような気がします。
そういう経緯のお金で,食事をしたり買い物をするわけなので,1ペソ=5円とレートは
なっていますが,マイレートだと1ペソ=10円ぐらいかも。そう考えると たか~い です。
近い国の通貨は大体の店で使えたりしますが,それを便利と見る向きもありますが,
その店はもちろん損をしないようにレートを独自で設定しているわけで,いわば両替を
しているので,それが銀行や両替商よりよいレートのことは,ありえません。
ここでまたウルグアイ・ペソが余ると,それをまた,他の通貨に換金することにわけで、
そうなるとまた目減りすることになるわけで‥‥。
そんなことばかりを考えてると,今度は旅を楽しめなくなってしまうわけでして,はい。
当たり前なのですが,これが意外と時間と気力を奪ったりします。
考えだすとキリがない。かといって全く気にしないで,というわけにもいかない。
自分としては
数年前から,現地のATMで,クレジットカードで,少額を現地通貨でキャッシングする。
そして,クレジットカードが使える,ホテル,お店はすべてカード支払いする。
これが最善と考えています。
アメリカなどの先進国だと,カードが使えないのは市バスとチップぐらいで,
コンビニからファーストフードから,大会の寄付まであらゆるものがカードで払えます。
でも南米だとそうもいきません。キャッシュ(現金)が必要です。
またペルーやボリビアですとクレジットカードは使えるけど,使うと何%かの手数料が
かかるので,キャッシュのほうが得という,秋葉原(?)みたいなホテルも多いです。
それでATMでキャッシングするのですが,これは通常のカード支払いではなく,
「はじめてのアコム」のようにお金を借りることになるので,次の月ごとの決済日までの
あいだの利子が,かかります。
またクレジットカード独自の為替レートが適用されます。またクレジットカード会社が
手数料を取る場合もあります。
それでも他の方法,例えば旅行前に会津の銀行で,あるいは空港内で現金で両替する
場合よりはずっと率がいいです。それにおそらく南米の通貨はないのではないでしょうか。
そうなると,ドルかユーロに両替して,それをまた現地でその国の通貨に換金すると二重の
手数料がかかることになり,かなり損です。
ただ国によっては,パラグアイのようにATMを設置している銀行側が手数料をとる
場合もあります。(一回につき約600円)金額に関係なく,回数なので,そうなると
一回に多額をおろしたほうが得なのですが,そうかといって多額を持ち歩くのはリスクが
高くなりますし,使い切らない可能性もでてくるし,で結構悩みます。
短期間で次々に国を移動すると,引越し貧乏ならず為替貧乏になっていきます。
今回パラグアイのエンカルナシオンで,約1万円相当のグアラニーをATMでキャッシング。
もちろん先ほどの600円の手数料がかかりました。かなり残ったのでブエノスアイレスに
移動前に,バスターミナルの両替商でアルゼンチン・ペソに換金。
ブエノスアイレスでは,ホテルもウルグアイ行きのバスチケットもカード支払いしてるので,
キャッシュが残り,モンテビデオ到着後に銀行で,ウルグアイペソに換金。
この国はいわゆる個人両替商が存在しないので,銀行で両替することになるのですが,
何軒か店頭に出ているレートを見ていると,かなり違います。アルゼンチン・ペソから
ウルグアイ・ペソだけを見ていると,1.75~2.15も銀行によって幅があります。
100アルゼンチン・ペソが,ある銀行では175ペソになり,他の銀行だと215ペソになるわけで
40ペソも違うわけで,こんなに違いがあると,歩きまわることになり,それはそれで時間が
かかることになりました。もちろん2.15の銀行で両替したことは言うまでもありません。
それでも,明日になって,レートがもっと良くなっているのを見て,あるいは
もっと別の銀行に遭遇して,ああ失敗したな,なんて思うのかもしれませんが。
(これはヨークよりベスタの方が安かったのかと,思うのと同じように)
それで今回は,先見の明がなく,パラグアイで引き出したお金がかなり余ってしまい
その後の国のATMでの、現地通貨引き出しをすることなく,
円→グアラニー→アルゼンチンペソ→ウルグアイペソと両替を何度も繰り返しているので,
正確には計算していませんが,最初の金額の半額ぐらいになっているような気がします。
そういう経緯のお金で,食事をしたり買い物をするわけなので,1ペソ=5円とレートは
なっていますが,マイレートだと1ペソ=10円ぐらいかも。そう考えると たか~い です。
近い国の通貨は大体の店で使えたりしますが,それを便利と見る向きもありますが,
その店はもちろん損をしないようにレートを独自で設定しているわけで,いわば両替を
しているので,それが銀行や両替商よりよいレートのことは,ありえません。
ここでまたウルグアイ・ペソが余ると,それをまた,他の通貨に換金することにわけで、
そうなるとまた目減りすることになるわけで‥‥。
そんなことばかりを考えてると,今度は旅を楽しめなくなってしまうわけでして,はい。
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