2013年7月27日土曜日

エンカルナシオンに到着

11時出発のローカルバスで,パラグアイのハズレ国境の町エンカルナシオンへ。
各町に停車で遅い遅い。

13時発のバスもあったのですが,少しでも早くと考えて乗りましたが,13時発はディレクトと
言っていたので,もしかしたら到着時間はあまりかわらなかったかも。

日本人移住地のあるピラポの入口にも留まったので,少しだけ様子を見ることができました。

看板に日本語が。小さいので見えるでしょうか?


道中の車窓の景色は,広大な牧草地か畑が延々と広がっていて,ずっと北海道のような
感じでした。(あくまでイメージです)



バスが停まったある町の道沿いの店

遠くの黄色い色は,おそらく菜の花かと。



でも道沿いには,貧しい家もあってやはり貧富の差が大きいのかなと思いました。

6時間でエンカルナシオンに到着。

小さな町のようで,ホテルは数件あるだけで,周りの店も皆店じまいを始めてます。

最初のホテルはきれいでしたが,高すぎたので,別のホテルを探し,このホテルに投宿。
奥さんは日本人の模様。ロビーには詩篇100編が貼られており,ヘオバの文字もあり。
用があって,キッチンに行ったら,ご主人が聖書を声を出して読んでいました。
見えませんでしたが,奥には奥さんがいた模様。家族研究でしょうか。それとも日課なのでしょうか。
エバンヘリコ(プロテスタント)かと思います。

部屋には,この旅初めてのNuevo Testamentoが置いてありました。
プラスSalmos(詩篇)で,その中にはJehova(aにアクセントマークあり)の文字もあり。

自分も旅行中でも聖書通読を続けないとと,気を引き締められました。


2013年7月26日金曜日

後半の旅の始まり

楽しく霊的に充実したラコルメナでの生活を終え,シウダデルエステに来ています。

兄夫婦と一緒に2泊3日で,イグアスの滝を見に来ました。
滝はブラジル側とアルゼンチン側とがあるのですが,ブラジルは基本的にビザがないと
いけないので,アルゼンチン側に行きました。

おそらくアルゼンチンのホテルは高いと踏んで,パラグアイのシウダデルエステに
ホテルをとって,そこから日帰りで出かけました。(そんなに安くもなかったので,正解
だったかどうかはわかりません。)

最初に比較的安い古いホテルに決めて泊まったのですが,いざ寝る前にシャワーを
浴びようとしたらお湯が出なーい。

夕食前にこの宿に決めた時には,部屋を見せてもらいお湯が出ることを確認したのに。
何で?

レセプションで確かめると,お湯の配管が今壊れたので今晩はお湯は出ないとのこと。
ここのところラコルメナも寒い日が続いていたので,熱いシャワーを楽しみにしていたのに。
朝までには直すとのことでしたが,それも怪しいし,何より寒いまま寝るのは
ガマンできない,(部屋には暖房はありません。もちろん?)ということで,
このホテルを急遽キャンセル。

荷物を再びまとめ夜の町へさまよう3人の日本人。

ようやくこの少し高めのホテルに落ち着きました。
部屋は広いのですが,暖房はやはりありません。
でもお湯は出たのでとりあえずよかったです。


 
ホテルの朝食
 
 
ホテルの近くのレストランでのロミト(?)アラべ


3日目にバスターミナルに兄たちを見送りに。また任命地のラコルメナに戻って行きました。
本当にお世話になりました。一緒に戻ってもっといていいよと言われましたが,
そういうわけにもいかないので,別れを告げ,またはじめの一人旅に戻りました。

ラコルメナも兄夫婦の家もとても居心地がよく,すっかり落ち着いた生活になっていたので
また新たに旅が始まった感じです。ちょっとエネルギーが必要です。

さて,どうやってペルーまで戻るか考慮中です。

パラグアイの役人

イグアスの滝へ行くために,パラグアイの出入国事務所でスタンプを押してもらい
そのブラジルとの国境の橋のたもとで,アルゼンチン行きのバスを待ったのですが
なかなか来ない。
橋の向こうのブラジル行きのバスは,頻繁にとおるのですが。

結局,1時間以上待ちました。

その間ひっきりなしに通る自家用車のうち、ときどき止められている車がありました。

止めているのはイミグレなのか警察なのかはわかりませんが,どうもそのやり取りを
見ていると,なんだかんだ言い分を見つけて,いわゆる賄賂をとっているようでした。
車の中の人が,何か(?)を渡すと,スーとOKみたいになって検問終わりになってました。
そうしない人は,車から降ろされて事務所に連れて行かれてました。

以上は近くで観察したことから想像しただけで,真実はわかりません。


バスの窓からの写真。橋のフレームが入ってしまいました。
この川の下流にイグアスの滝があります。たぶん。

この橋はパラグアイ-ブラジルを結ぶ友情の橋
いつも渋滞なので,歩いて渡る人も多い。


その時とは別にタクシーに乗っている時,警察に止められて,乗客のわたしだけが
身分証明から手荷物全部出して調べられました。
目的がわからず。何にも取られませんでしたが,財布の中身まで調べられた時は
これはまずいことになったと、一瞬思いましたが,大丈夫でした。


夜にもう1回検問がありましたが,前の車が止められた関係で,わたしが乗っていた
タクシーは止められずに通過できました。良かった。

イグアスの滝はすごかった

イグアスの滝は想像以上に迫力がありました。

事前に本やネットの情報で,調べていましたが,今ひとつどうなっているのかわかりにくい。
すごいらしいということは,どれを見てもわかりますが,どんな配置(?)になっているのかを
把握したいのですが,よくわからない。

行って,自分で見て初めてわかりました。
確かにこれをまだ見ていない人に伝えるのは難しいです。

目の前の大きさに加えて,轟音や舞い上がる水しぶきが雨のように降ることなど
やはりこの場に居ないと,感動は伝えにくいです。
体感ですね。

今は15年ぶりに水量が多く,大迫力で,多すぎて一番有名な「悪魔ののどぶえ」
に近づく橋が水の中に入ってしまい通行止めになっていました。
それでそこには行けなかったのですが,その他のコースだけで十分満足でした。

画像は今のところありません。(例のデータ移行不能のため。すみません。)

頭 変?ペルーで拾った帽子。

園内を走るトラム。

帰りが遅くなってしまい,アルゼンチンからパラグアイに帰る最終バスに間に合うかどうか
のきわどい時間になってきました。6時半が最終と10年前のラコルメナで借りてきた
「歩き方」に書いてあったのですが,公園からそのバスが出る,町のバスターミナルまで
45分ぐらいかかるので,5時には出ないと行けないと思っていたのですが,園内の時計を
ふと見ると,なんと6時になっているではありませんか。ポルケ?
実はパラグアイとアルゼンチンは1時間違っていたのでした。
それで急いだものの,万事休す。

ターミナルで他のバスがないかどうか,あるいは10年前とは変わったのではないかと
一途の望みを持って聞いたのですが,最終バスは5時45分とのこと。(どっちみち
間に合いませんでした)他のバスはないことが判明。

荷物はパラグアイのシウダデルエステのホテルに置いてきているので,やはり
戻らないといけません。

高いと予想しますが,タクシーのみ,ということで,料金を聞くと250アルゼンチンペソ
しかたないと,手元の残ったアルゼンチンペソを確認すると,249.5ペソ。
それでお願いして,無事戻って来ました。

アルゼンチン出国,ブラジル国内通過と問題なくスムーズにいったので,そして時間も
はやかったし,疲れていたので,結果的に良かったのかなと思います。



イグアスの滝の写真が間に合わないので,
代わりに今日行ったイタイプダムとモンダウ滝の画像を載せます。
こちらもすごかったです。

イタイプダム。3レーンの中,1レーンだけ放流してました。

モンダウ滝 40mの落差

すごい迫力なのに,おそらく近くにイグアスの滝があるので,ほとんど注目されていない。残念。
すいててよかったですけど。

入園料5000グアラニーなので110円ぐらい。安い!
けど、行くのに公共のバスなどがないため、やむなくタクシーで往復
これが100000グアラニーで,約2,300円ぐらい 高い!

でもすぐ近くで見れるので,迫力満点です。

2013年7月21日日曜日

ラコルメナの日本文化

パラグアイ国内には日本人居住地と呼ばれる町がいくつかありますが、
その中でも,特にこの町は日本人とパラグアイ人がうまく共存しているようです。

日本政府の援助もかなりあり,日本人が敬意を受けている感じがあります。
また日本人のお店は地元の方からもかなり信頼されているようです。


町中にある「田中秀穂写真館」に
入植者たちの初期の様子が,写真で展示してあります。

サボテンの大きさにびっくり,推定樹齢70年(定かではありません)


庭にあった桜の木 花が咲いていました。


当時はかなりの数の日本人がいた様子がわかります。
子どもたちの数も多かったので,運動会や相撲大会の写真がありました。

大人たちも野球のチームがあり大会が開かれていたようです。
ほぼ何もなかった手付かずの土地を開拓して,町にして,その後に
徐々にパラグアイ人が住むようになったのでしょう。

昔は日本の米や綿花も栽培していたようですが,今はありません。



町を築いた偉人の胸像 1

町を築いた偉人の胸像 2

当然,その方々をはじめとする日本人の墓も郊外にあります。








それでも日本の野菜や果物などは栽培されていて,フェアなどで手に入ります。
しばらく前から,毎週土曜の午前中には町の中心の公園で即売会みたいなものが
開かれ,日本人の方が中心になって出店しています。

 


また図書館にはスペイン語,グアラニー語の本とともに日本語の本もあります。
かなり古い本や雑誌が多くあります。 

役所の2階が図書館


逆さまの本がいっぱい。結構直しましたが追いつかないほど。
「永遠に生きる」本があるのわかりますか?


公園が何箇所かに有りますが,必ずすべり台,ブランコ,シーソーがあります。
これって日本式ですよね。
日本では遊具による事故などで,無くなりつつありますが,こちらは大盛況で
最近できた公園は外灯が明るいのも関係してか,あたりが暗くなっても
賑わっています。特にブランコが人気みたいです。

2013年7月19日金曜日

晩の集会

昨夜はアスンシオンのサッカーチームの試合が,アスンシオンであって
勝ったらしく,夜中大騒ぎでした。
爆竹がなったり,車やバイクが走り,大音量の音楽が流れたり
雄叫びがあがったり。

今日はあちこちにそのチームの旗が掲げられています。

南米の中ではおとなしいパラグアイの,日本と似てるかな思わせる
この田舎町のようなところでもサッカー熱は熱いものがあります。



さて今日は木曜日で集会でした。



微力ながら会衆の聖書研究の司会をさせていただきました。

この撮影者を含めて5人での集会


出席者は少数ですが,みな円熟した、しかもこのようなところに自らを
差し出して奉仕している兄弟姉妹たちなので,注解の質が高く、
霊的に鼓舞されるものです。
そして楽しい雰囲気です。

プログラムは通常は、兄ともうひとりの兄弟とで,ほぼ交互に
扱うことになりますが、経験を積んだ兄弟たちなので
とても実際的で,考えぬかれた割り当てで,励まされます。

姉妹たちも,ひとごとというわけにはいかない状況でもあり、
積極的な参加で盛り上げます。


2013年7月16日火曜日

ある日の午後の奉仕

町を歩いて移動していると,声をかけられて雑誌を持っているかと呼び止めらられることもあります。
その方は寄付もしてくださり,雑誌以外にもっと本はないのかと言ってました。
本の持ち合わせはなかったので,ブロシュアーを渡しました。
仕事でこの町に来た人が,わたしたちを見て伝道者とわかり,声をかけてきたみたいです。
(全部自分がしたような文面ですが,全部兄が会話し,していたことを,一部予想も含め書きました)

研究はたくさん見つかるようなので,二人で20件以上司会しているようです。
毎日研究司会があります。町中を右に左に出かけています。



以下はある日の午後の研究に連れて行ってもらった時の様子です。

結構な道のりを歩きます





ある所では,姉妹がその家の女性と研究し,隣で兄弟がその方の孫と同時に研究します。
庭先にイスを運んできてくれて,そこに座りひととき勉強します。
その5歳くらいのエンリケくんは,目を輝かせ,一生懸命考えて、
司会者の「聖書は何冊の書が集まっているか?」という質問に
E: 「シンコ」
D:「ノー」
E:「ムーチョ」
D:「シー。正確に言うと?」
D E :「6十  6さつ」

隣では姉妹が,スペイン語とグアラニー語で説明してます。色々家族の心配事も含めて相談しているようです。
基本的に区域の人はグアラニー語で話します。元々の言語です。
スペイン語は公用語で,それも話しますが,特に年配の方はグアラニー語だけという方もいます。
グアラニー語のブロシュアーもあるのですが,多くの方は文字を読みません。
それで,こちらが読むのを聞いて学ぶという形になります。




次の家での研究は,姉妹とその家のおばあちゃん(と言ってもおそらくまだ若い)とのもの。
研究していると,そこにご主人や息子や親戚の子供など,取り巻く人も多くいて,関心がある人は
なんだかんだと言ってきます。

兄とわたしはその間に,近くの別の研究生のところへ。
そのためその家を離れ,豚や鶏や犬などを,そしてそれらの落し物も踏まないように
注意しながら歩いていると,(そういえば研究中その家にオームが飛んできました)
隣の敷地で座ってブロシュアーを広げて読んでいる若い女性を発見。
実は,姉妹の次に訪問する研究生で。もうすぐ来るので予習しながら待ってるところみたいです。

(別の時ですがハチドリを見ました。
わかるでしょうか 電線のところ


姉妹が,その研究生との研究をしている頃,兄の研究生が先ほどの家に戻ってきたので,
そこで再び研究。だんだん日が傾いてきて薄暗くなってきました。

そこが終わり,今日予定されている最後の研究の家へ移動。



私たちが先に着いて,そこのお父さんと短く,例のグアラニー語で研究。
姉妹が,到着して,そこの娘さんが帰ってきてその子と研究。
その頃には,あたりは真っ暗になってきたので,庭のイスを庭の木にぶら下げている裸電球の下に
運んでその明かりで勉強しました。

蚊や虫も出てきて追い払いながら。

家の弟や妹たち,知らない(?)おじさんも行き来し,その度にあいさつし,握手し中断しながら
研究が進みます。その若い子は自分の聖書を開きながら真剣に学んでいます。


有意義なそこでの話し合いを終えて,みなに「チャオチャオ」と別れを告げて帰路を進みます。
外灯などあまりなく暗いので,まだ7時前だというのに,見上げると空は満天の星,天の川も見えます。
(天の川見るの何年,何十年ぶりだろう)
南半球なので,北で見える星とは違うはずと思いながら、その違いはわからないまま星に見とれて
上を見ながら帰って来ました。


少し遠いところでしたので,かなり歩きましたが,帰る途中でも真っ暗な家の前でイスを出して座っている
方々に,あいさつしながら,時に立ち止まって短い会話しつつ無事帰宅。

今日一日が終了です。